fukufuku813’s blog

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カンボジア事情.com(番外編)獄中日記

2/7
4日目の朝が来た。

朝6時に起され早々に身支度をして出かけると言う。

 

今日は持ち物を全て持って行けと言われた。

 

それを聞いて今日もうここへは戻らないのだと言うことを悟った。

昨日のように手には手錠をはめられて
私とDが一緒につながれた。

 

彼女の手には手錠はかけられなかった
昨日の発作の所為もあってか
ほんの少しだけポリスの優しさを感じた。

 

しかも今日は女性警官が連れ添っている。


少し私は安心した。

その瞬間そうだ!
私は思い出した。
大使館はどうしたんだと?

すかさずポリスに聞いた。
ポリスは言う昨日の午前中に来たと、
すれ違いだった。

 

私はもう1度連絡してくれと、
今度は裁判所に来るように伝えてくれと頼んだ。
ポリスはわかったわかったと言う

本当にわかってんのか?
もう疑心暗鬼に陥ってる。

 

昨日と同じ車で同じ道を通って裁判所へ着いた。
裁判所はオリンピックスタジアム西側の直ぐ目の前にある。

 

昨日と同じ場所で少し待たされた。

また姉ちゃんが朝飯を買ってきてくれた。
それに帽子とマスクまで買って来てくれた。

私達の事が今朝の新聞とニュースに
載ったと、YouTubeにまで動画が投稿されているらしい。

 

私はあのパパラッチだなと思った。

これで私も一躍有名人だ。
ピコ太郎を抜けるか?

 

なんて冗談を言ってる場合じゃない。

 

まったく困ったもんだ最近のネット社会は便利なのか不便なのか

カンボジアはネットと言えばFacebookが常識でみんなやってる。

あっと言う間にシェアされてその日のうちにみんなに広まる。

 

 

また彼女の容姿がおかしい
もう田舎に帰れない
みんなが私達のことを知ってると

私は言った大丈夫!


私達は無罪なんだからこれから裁判所にそれをちゃんと話せば良いんだと

 

彼女は不安そうな笑みを浮かべて頷いた。

 

そうこうしているうちにポリスが中に行くと言う。

 

私達は階段で今度は4階まで上がった
昨日は3階だった。

 

どうやら昨日は検事
今日は裁判官の事情聴取らしい。

 

しばらく待たされて彼女とDが呼ばれ一緒の部屋へ入って行った。

 

私は1人別の部屋へ通された。

そこには裁判官らしき人とその秘書がいた。


私と弁護士と昨日のクメール人の通訳が並んで座った。

 

昨日の内容の確認と裁判官の質問が始まったが、私はすかさず何が書いてあるか読めないし、言葉がわからない。

あと通訳の英語もわかりずらいから
日本語がちゃんとわかる通訳をつけてくれと言った。

 

すると裁判官はわかったと、
では日を改めて日本語の通訳をセッティングするから後日改めてやります。

 

少しの間留置所ひ行って待ってて欲しいと言われた。

私は少しの間とは何日後なのか日にちはいつなのか?
と、聞き返したが通訳者はショートタイムだと言う。

 

だからそれは何日後なのかを聞いてるんだよ!

裁判所のスケジュールと通訳者の都合を合わせないとだからはっきりした日にちは言えないがショートタイムだとまた言われた。

 

その後また、書類にサインと拇印を押して部屋の外に出た。

 

外には彼女とDが待って居て
気付くと11時を過ぎたところだ。

 

ポリスが私にこれから日本大使館の人が来ると言う

良かった助かると思い安堵した。


ホッとした途端お腹がメチャメチャ空いてきた。

 

そして私達は下に降りて駐車場のベンチて待機することに、

 

するとまた彼女が急に発作が始まってしまった。


昨日と全く同じで呼吸困難になり
全身が痙攣で惹きつけを起こしている

姉ちゃんが頬を叩きしっかりしなさいと言っているみたいだ。

 

彼女は泣きながらもう田舎に帰れない
両親にも親戚にも友達にも合わせる顔がないと言っている。

 

私は彼女の身体を摩りながら
no problem don't worry
Stop the a lot of thinking


と、何度も繰り返して言っていた。

少し経って発作は止まったがまだ
涙を流しうわ言のようにもう田舎には帰れないと言っていた。

 

姉ちゃんのボーイフレンドが来てくれててポリスに直ぐに病院に連れて行ってくれと話し、彼女を抱き抱えて外に出て行った。

 

私は彼の後姿に一礼して手を合わせ
どうかよろしくお願いしますと
祈った。

 

私達は2階の階段を上がった広い所で待機してるように言われた。

 

今度はDの兄妹が昼食を買って来てくれた、

Dの妹と弟だ、3人は抱き合い涙を流した。


なんでこんな事に巻き込まれたのかと会話しているようだった。

 

それを見た私はまたも申し訳ない気持ちが込み上げて来て涙が流れた。

 

兄妹2人は私にも優しく声をかけてくれた。

 

本当に優しく思いやりのあるファミリー達だ。

 

気持ちも落ち付き昼食をD食べ始めたら日本大使館の人が来てくれた。

 

担当者の方はクメール人のスタッフ1人と共に来てくれた。

担当者は体の心配をしてくれて
警察で暴行や拷問などを受けていないか?
食事はちゃんと取っているか?
と、気遣ってくれた。

 

私は問題ないと答えたあと
事の成り行きを説明して私は日本人のクライアントさんに依頼されて女性達のパスポートと日本大使館へビザ申請書類を作成し提出しただけだと話した。

 

担当者の方はメモを取り終えて
その後私が日本大使館側から助けてもらえないかと話したら

 

担当者はカンボジアの司法に関して
大使館は何も言えないと言うことで

人権的に問題のある扱いを受けたりした場合は大使館から物を申す事は出来るがその他の事は口が出せないと言われた。

 

 

私が日本へ強制送還して欲しいと言うと、日本とカンボジアでは犯罪者の引渡し条約がないので、それも出来ないと言われた。

 

最後にカンボジアに事務所を置く日本人弁護士が居るあさひ法律事務所の名刺のコピーをもらった。

 

また、何かあったら大使館まで連絡をくださいと言って帰ってしまった。

 

途方に暮れた、、、

 

大使館がサポートしてくれなかったら
あとは誰に頼めば良いと言うのだ。

 

一気に暗い気持ちになりまた不安と恐怖で食欲もなくなりただ座って時間だけが過ぎて行った。

 

どれだけ経っただろうか彼女が病院から帰って来た。

 

点滴を病院でうってきたみたいで
顔色も良くなっていた。

声をかけると、


もう大丈夫!

 

もう泣かないから何があっても大丈夫私達は悪いことは何もしていない。


誰にも後ろ指を指される理由などないと言う。

 

何かが彼女の中で吹っ切れたみたいだ

良かった私はホッとしたと同時にそうだよ私達は何も悪いことはしていない。

 

やったのは日本側の人間で、
私達はそれを業務として依頼されたことを仕事としてやっただけだと、

 

警察が言うようにライセンス無しで業務をやったことが悪いことならそれの罰を私だけが受ければ良いのだと、

 

人身売買や売春などと言う犯罪には私達は一切関係が無いんだと心を強く思うように決めた。

 

そう大使館の人にも話したが、
私が作ったビザ申請書には短期商用ビザで内容は日本での研修。

 

滞在日程表には何をするか研修のスケジュールもちゃんと書いてある。

 

しかも日本人のクライアントはカンボジアで日本式のバーをやるから日本で研修をしたいと言ってカンボジアの現地で彼女達を採用し、雇用関係にもある。

現に大使館に出した書類には、
在職証明書もちゃんと提出してある。

 

このことを次回の裁判官の事情聴取の時にちゃんと話そうと思った。

 

そしたら何だか心が晴れてさっきまでのどんよりした気持ちが吹き飛んだ

その後、車に乗るために外に出るとまた昨日と同じ報道陣とパパラッチがカメラやスマホを構えて待っていた。

 

私は顔を上げ帽子を脱ぎ少しばかりか胸を張り堂々と車に乗り込んだ。

 

そして向かった先はそう

留置所と言う名の刑務所


ここプレイソーだった。

 

 

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