fukufuku813’s blog

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ガンボジア情報.com番外編(獄中日記)10日目

10日目

 

6時起床
7時点呼


8時に外へのはずが、扉が開かない!

又々、意地悪メイの仕業だ!

 

聞くと8:20を過ぎないと出さないと言うのだ、、、

 

ほとんどの部屋が8時に開くために8時を過ぎるとプサーが人でごった返す

しかも遅く行くと食材が無くなってしまう。

 

まったく困ったもんだ。

 

結局8時半に出れてマウとプサーへ

マウには1日15$までだと言われてたが、メイのあの嫌がらせにむしゃくしゃしてたせいもあってたくさん買ってしまった。

 

そしたら30$近くになってしまいマウにえらい剣幕で怒られた。

 

私は一言、ソムト(ゴメン)

 

矢沢さん達は私達が遅かったせいか見当たらず部屋に戻ってしまったみたいだった。

 

私達も部屋に戻った。

 

するとsusumuチョコサーと声をかけられる。

 

面会が来た。

 

痛い足を引きずり各門を通り抜け面会室へ、
今日は直接会える面会室の方だった。

 

姉ちゃんとトゥイが待っていた。
Dも既に来ていて、会話をしていた。

 

姉ちゃんは私の引きずる足を見てどうした?大丈夫かと?心配してくれた。

 

私はオッパィニャハァーと言いそれよりアナイと電話がつながって話しができたことを伝えた。

 

姉ちゃんは既に知っていてアナイから電話で聞いたようだ。

 

解説、正しい発音はわからないが
オッパィニャハァーは英語で言うノープロブレム、日本語で問題ないを意味する。辞書などを見るともっと違う発音になるが、耳で聞こえた通りに発音した方がガンボジア人には通じる。


家族の意味のクルォサーをチョコサーと言って通じるように。

 

姉ちゃん達はまた、食べ物の差し入れとを持ってきてくれたようだ。

 

日本の家族には見放されてしまった。

 

この先はこのガンボジアのチョコサー達と共に生きて行こうと思った。

 

時間が来て差し入れを受け取ってDと2人で戻る。

 

差し入れをもらう場所でメイに2000R、第一の門でメイに5000R、
第二の門でメイに5000R、Dブロックの入り口でメイに5000R、何故かそこに居る担当の囚人に3000Rせびられ、D-2の部屋の入り口のメイに5000R、
合計で25000Rも払った!


日本円にして約700円だ!

700円もあったら食堂で立派なランチを食べれる。
牛丼だったら2杯食べて味噌汁とサラダが付くと思った。

 

部屋に戻りGさんに報告、差し入れを見たらマンゴーと魚の燻製と味噌が入っていた。


AEONのロゴ入りの味噌だった。

わざわざイオンモールまで買いに行ってくれたのだ。

 

本当にありがとう!

 

それを見たGさんがナスの味噌炒めが食べたいと言う、
では明日のメニューに入れときますと言うことになった。

 

この中のプサーではさすがに味噌は売っていない。

 

味噌があると和食のレパートリーが増える。


ちなみにプサーで売っている調味料は
砂糖、塩、胡椒、味の素、醤油、ナムプラー、チリソース、トマトペースト
とこんなところである。

 

食事の支度が終わり暇になってGさんを見るとまた、iPodで将棋をやっていた。


私が覗き込むと、1番上のれべると対戦している。


どうやらレベル1からあって勝ち抜いて行くとどんどんレベルが上がって行くのだと言う。


私も将棋は下手な横好きで多少は自信がある。

 

2人で対戦もできると言うので、お手合わせをすることに、、、

結果は私の惨敗!

 

Gさん強い!後から矢沢さんに聞いたのだが、Gさんは日本で懲役時代、
刑務所内の大会で何回も優勝しているらしい。

 

そりゃ歯が立たないわな!

 

それにしてもiPodの画面は小さい駒が見えない。

老眼がひどい2人であった。

 

私がそうだダンボールで将棋の盤と駒を作ろうと言った。


Gさんできんの?
ハサミがあれば大丈夫でしょ、

と言うことで、午後になったらプサーへダンボールをもらいに行くことにした。

 

朝飯の時間
今日のメニューは親子丼とインゲンと青梗菜と豚肉のオイスターソース炒めとOさんのキムチだった。

 

食事が終わり昼寝タイムのため私は1階のオカマちゃんの隣へ、、

 

昼寝が終わり2時を過ぎたので外に出てプサーへすると向こうから矢沢さんとKNさんが歩いて来るどうやら今朝会えなかったので、会いに来てくれたみたいだ。

 

私はプサーでダンボールを入手して戻りみんなと中庭でお茶をした。

 

8:20からでないと出れなくなったと話すと何で? わからない!

 

嫌がらせでしょ多分そんな会話の中、
矢沢さんがやっぱり日本人同士がいいよなー。


俺もDに戻ろうかなっと話し始めた。

 

だってここのメイは面倒ですよと話すと矢沢さんは俺は仲良いから大丈夫だよと、、、


さすがプレイソー在住5年!

 

ただ今の所はすごい広いスペースを確保してあって大の字になって寝れるからまた狭いところにはどうもなーと言い逆に福井さん達が俺んとこくればと言い出した。

 

私は心の中で200$も払って移ったばかりなのに、え〜っと思った。

 

しかもまだGさんにお金を返してない。

 

日本人が3人集まるとだいたい矢沢さんが困ったことや心配事をGさんに相談して、Gさんがうんうんと聞いて最後に大丈夫!心配ないよ!
と、励まして終わるケースのようだ。

 

私は矢沢さんは何でそんなにも物事をマイナス思考で考えるのか?

 

もっとポジティブに考えれば良いのにと思った。

 

今までいつもGさんが聞き役に、、、
Gさんは言う実は矢沢さんは病気なんだと、、

っえ? 何の?

不安心配症!

 

何それ? 確かに心配症って女性に多くいるけど、、


病気?
確かに心配症って症がついてるから病気の部類に入るのかと思った。

 

矢沢さんは言う、
福井さんもこの中に長く居るとそのうちわかりますよって言われた。

 

周りの人間全てが信用出来なくなって不安に駆られて心配症になると、

 

聞けば矢沢さんは若い頃パニック障害になり病院通いしていてそれから精神安定剤がかかせないのだと言う。

 

19歳で商売を始めて21歳から本格的にビジネススタート20台後半で会社をいくつも経営していて1度に12案件かかえてたら病気になってしまったのだと言う。


年商30億近い売上げをあげるいくつかの会社をまとめて若くして会長と呼ばれ青年実業家だったらしい。


その後不動産に手を出しバブルがはじけてはい、それまでよ!

 

かなりバブリーな暮らしをしていたらしいがその不安心配症ってのが厄介みたいだ、、、

 

以前、矢沢さんの本当の正体とは?
と、ブログに書いたのはこのことだ。

 

Gさんはネニャイと話す!
ネニャイとは日本語にすると、
面倒くさい、煩わしいとなる。

 

多分、1人で居るとあれこれ考えてしまい心配になってしまうのだと思う。

 

Gさんいわく毎回テーマがあって
その心配事のテーマが何日か続くこともあるし、毎日変わることもあると言う!

 

我々にとってはどうでも良いことでも
矢沢さんにとっては1度心配事になってしまうとずっと気になってしまうらしい。

 

それを約1年近くGさんは聞いてきたらしく、今度は福井さんにバトンタッチするからよろしくって!

 

よろしくって言われても、ねぇ〜!

でも病気なんだから仕方ないとしか言いようがない。

 

でも、矢沢さんの言った福井さんもそのうちわかりますよって言われたことが気になっていた。

 

いやいや俺は脳天気だし基本ポジティブシンキングだから大丈夫だよと思った。

 

夕食が終わり消灯までの退屈な時間、
今日は将棋盤と駒を作ると言う作業があるために、時間が経つのも早かった。

 

将棋盤ができ早速、Gさんと一局!

ん〜!獄中チャンピオンは強ぇ〜

 

2回戦やったが全然歯が立たなかった。

Gさん次はレベル2ぐらいに下げてお手合わせ願います。

 

今日も1日が終わる。

 

おやすみなさい愛する人
今日も1日全てに感謝!
ありがとう

 


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